デス・オーバチュア
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天才。 生まれつき備わっている、きわめてすぐれた才能。また、その持ち主。 どうやら、私はその天才という奴らしい。 選ばれた人間だなどと自惚れるつもりはないが、確かに私は生まれつき特異な才能を持っていた。 「魔法使いの使い魔といえば何を連想する?」 「……そうね、黒猫か、鴉かな?」 私の質問に、私の数少ない友人の一人である彼女はそう答えた。 「後は蛇とか蝙蝠……あ、蝙蝠は吸血鬼の使い魔って感じかな? 犬もありかも、黒豹や狼なんてのも面白いかも、熊なんかも強そうで……」 「……解りましたもういいです。とても参考になりましたから……」 「そう? ああ、兎なんかも可愛くていいかも」 参考になったような、ならないような……。 「では、魔法使いの乗り物といえば?」 「ホウキ! 竹箒! 竹ホウキに決まってるじゃない!」 完全に決めつけてくれた。 「だけど、アレは乗り心地が良くないのよ……」 それに、居眠りでもしようものなら、間違いなく落ちるだろうし……。 「そう? まあそうかもね……じゃあ、それでいいんじゃない?」 そう言って、彼女は私が今座っている物を指さした。 「あん?」 目につく僧侶達を片っ端から虐殺しながら行軍していたゲブラーは歩みを止めた。 戦場、いや、一方的な殺戮の場と化しているこの場所に、あまりに不釣り合いな存在を見つけたからである。 「……なんだ、てめえ?」 小さな建物の横に、揺り椅子に座って読書をしている少女が居た。 ゲブラーのイエロー侵攻を知らないわけがない。 現にゲブラーが先程から虐殺している僧侶の殆どは逃げ回っていた。 さっきゲブラーが殺した僧侶の悲鳴だってこんな近くに居たのなら聞こえたはずである。 それなのに、少女は自分には関係ないこと、異世界のできごとでもあるかのように、何の反応も示さず、読書を続けていた。 突然、本が閉じられる。 少女は初めて存在に気づいたかのように、ゲブラーに視線を向けた。 「お待ちしておりました、ファントム十大天使の一人、峻厳のゲブラー・カマエル殿」 少女はかけていた眼鏡を外すと、丁寧にケースにしまい込む。 「はっ、峻厳なんて古い俺様の呼び方を良く知ってやがる、覚えておけ、神の力のゲブラー・カマエル、それが今の俺様の正しい呼び方だ」 「なるほど、私の読んだカバラの書は少し古かったようですね」 「にしても、なんて格好してやがる。それじゃ、まるで……」 藍青色の髪を一房の三つ編みにした少女は、藍色の長三角形な帽子とマントを身に纏っている。 「魔女かよ?」 その姿はどう見ても、童話か何かに出てくる魔女そのものだった。 「違います。確かに、藍色の魔女などと呼ぶ者もいますが、それは正確ではありません」 「けっ! どうでもいい。とにかく、邪魔だから失せやがれっ!」 ゲブラーは右拳を腰の位置に引き絞る。 「どらああああああああああっ!」 ゲブラーは少し離れた位置から藍色の少女に向けて右拳を突き出した。 大気が弾ける。 しかし、いつかの僧侶達のように藍色の少女が弾け飛ぶことはなかった。 藍色の少女は特に何もしていない。 彼女がした動作は右手の一差し指を立てたことぐらいだった。 「なるほど、拳圧だけで人を消し飛ばしますか……単純明快で、それゆえに気持ちの良い技ですね」 「……てめえ、今、何をしやがった?」 「特に何も。それよりも、あなたの力はそんなものではないでしょう? 本当の力を私に見せていただけませんか?」 「……てめぇ……」 「こちらから仕掛けて欲しいのですか? では……青霊霧氷牙(せいれいむひょうが)」 無数の氷の礫がゲブラーに襲いかかる。 「くだらねぇ!」 ゲブラーは回避するわけでも、防御するわけでもなく、無防備に体を氷の礫にさらした。 氷の礫がゲブラーの直前で突然跡形もなく消滅する。 「なるほど、やはりその赤い鎧は封魔の鎧ですか」 「けっ! 別にそんな脆弱な礫くらってもなんともないがな」 「でしょうね、私も本当にその鎧が封魔の鎧か確かめたかっただけですから」 藍色の少女は落ち着き払っていて、椅子から立ち上がる気配すらなかった。 「こいつはよ、新しい体と一緒にコクマの野郎に貰ったもんでよ、あらゆる魔術を無効化するとかで、まあ、役には立っているな、魔術とかいう訳の分からない小賢しい力を気にしなくて済む分にはな」 「あなたのことです、その鎧を得る前は、平気で魔術を体で受けたり、拳や武具で叩き落としたりしていたのでしょうね」 「あん? なんで知ってやがんだ?」 「…………」 藍色の少女は呆れたような表情で小さく息を吐く。 「では、次はあなたが攻撃する番です。どうぞ、好きなように私を攻撃してください」 「なんだ? 交代で攻撃し合おうってのか? 魔術師ごときがこの俺様と?」 「どうぞ、遠慮なく」 「けっ! 訳の分からない奴だ。いいだろう、こんどのはさっきより強烈だぜっ! はあああああっ!」 ゲブラーの体中から黄色の光が溢れ出した。 「常人の目にも『視える』ほどの闘気の質と量……」 その様子を見て藍色の少女は無表情で呟く。 「気を解放する、気を練る、気を高める……ものの例えではなく、ここまで見事に実践されますか」 「消し飛びやがれ!」 ゲブラーが右拳を突き出すと、黄色光が拳から凄まじい勢いと速さで藍色の少女に向かって解き放たれた。 藍色の少女は右手の人差し指で、自分の目の前の空間に一瞬で五芒星を描く。 直後、藍色の五芒星の魔法陣が藍色の少女を護る壁のように空間に出現すると、ゲブラーの放った黄色光を弾き返した。 「ぬああああっ!?」 弾き返された黄色光はゲブラーを包み込むと盛大に爆発する。 「五芒星……地に存在せし元素の諸力を制御する鍵、物質的力に対する霊(精神)的力の優位性を示す図式」 「……て、てめえぇっ!」 爆煙の中から怒りの形相のゲブラーが姿を現した。 「全力でお願いします。そんなはね返されてもたいしてダメージを受けないような、たかが数人の人間を消し飛ばす程度の威力しかない闘気拳などではなく、あなたの全力を見せてください」 「てめえええっ! ぶっ殺す!」 ゲブラーの体中から再び黄色の光が溢れ出し、荒れ狂う。 そして、黄色の光は徐々に青白い光に変色していった。 「基本的に白は聖なる色……際限なく高められ、練り上げていった気は、人間の域を超え、神の気と化す……」 「もう加減は無しだ! この国ごと跡形もなく消し飛びやがれっ!」 神の域に達した白き闘気はゲブラーの右拳だけに集束していく。 「受けろ、神すら打ち砕く我が拳! ゴォォッドブレイカァァァッー!」 解き放たれた白き閃光が藍色の少女を呑み込んだ。 「……どうだぁ……細胞一つ残らず消し飛んで……ああっ!?」 荒い呼吸のゲブラーは信じられないものを見たといった表情を浮かべた。 「神の域に達した気……それを使えるのはガルディア皇族の神闘気ぐらいだと思っていましたが、選ばれた人間でなくても、鍛えればそこまで達せられるものなのですね」 落ち着き払った女の声。 「悪くない攻撃でした。神の力を名乗るだけのことはあります」 何事もなかったかのように、無傷の藍色の少女が揺り椅子に座っていた。 「てめえ……なんで無傷なんだ……」 「パリエースが守ってくれましたから……ねえ、パリエース」 藍色の少女は自分の左手の指輪に口づけるようにしながら言う。 「何がパリエースだ? ふざけんな!」 「別にふざけてはいませんよ。なんならもう一度試してみますか?」 「てめえぇっ!」 ゲブラーは闘気の制御もせず、力任せに直接拳で殴りかかった。 「パリエース!」 藍色の少女の左手の指輪が輝く。 ゲブラーの拳は突然出現した巨大な盾に遮られていた。 「盾だっ!? こんな物で俺様のゴッドブレイカーを防いだっていうのか!?」 「戻りなさい、パリエース」 巨大な盾は藍色の光に変化すると、藍色の少女の右横に飛ぶ。 そして、藍色の光は、藍色の毛皮を持つ大きな犬に転じた。 藍色の少女は、藍色の犬の頭を優しく撫でる。 「せっかくですから、全員紹介しましょうか?」 藍色の少女は懐から、ペーパーナイフを取り出すと、宙に放った。 ペーパーナイフは一瞬藍色の輝きを放つと、藍色の『鴉』へと転じる。 「グラディウス」 藍色の少女が名前を呼ぶと、鴉は彼女の左肩に降り立った。 「スペクルム! メディキーナー!」 藍色の少女のペンダントが、リボンが藍色の光を放つ。 ペンダントは猫に転じ、彼女の膝の上に、リボンは兎に転じ、足元に着地した。 「けっ! 全員悪趣味な色をしたケダモノ共だな」 全ての動物達は彼女のマントや帽子と同じ藍色をしている。 「ケダモノと一緒に消し飛びやがれ!」 ゲブラーは残る闘気を強引に全て引き出すと、右拳に集めた。 「ミーティアの絶対障壁だって破れたんだ、俺様の拳に砕けぬものなんてねえっ!」 ゲブラーは、例え藍色の少女が再び犬を盾に変えても、盾ごと貫くつもり、拳を放とうする。 藍色の少女は右手を相手に見えるように突き出した。 彼女の右手首には少し前まで絡み付くようなデザインの腕輪がされていたのだが、今は腕輪の代わりに藍色の蛇が絡み付いている。 「紹介します、彼女の名前はスクロペトゥム……『銃』と言う意味です」 「ああっ!?」 ゲブラーがゴッドブレイカーを放つよりも速く、藍色の少女は蛇が転じた巨大な銃の引き金を引いた。 「グラディウス、パリエース、スペクルム、メディキーナー、スクロペトゥム、五匹とも私の可愛い使い魔です」 獣達は全て、彼女の身に纏う装飾品に姿を戻っていた。 藍色の少女は大地に倒れているゲブラーに視線を向ける。 ゲブラーの左胸に大穴が空いていた。 「本来、策士自ら戦うなど策士失格です、それが力押しならなおさらのこと……」 藍色の少女はゲブラーの死体に話しかけるように言う。 「ですが、人手が足りない以上は仕方ないですよね」 そう言った後、藍色の少女は突然何かを思いだしたような表情をした。 「そう言えば、名乗っていませんでしたね。私はエラン・フェル・オーベル、副業でクリアの『宰相』をやりながら、『魔法使い』をやっています、以後はないでしょうが、宜しくお願いします」 エランの座っている揺り椅子がふわりと宙に浮かび上がる。 「魔術師でも魔女でもなく、魔法使いですからね、お間違えなく……では、失礼します」 藍色の魔法使いは空に溶け込むかのように自然に消え去った。 「…………」 エランが姿を消した数分後、顔上半部を仮面で隠した黒衣の男が姿を現した。 ホド・ニルカーラ・ラファエル。 ホドは無言で同志の亡骸を見つめていた。 「……なるほど、超圧縮した魔力の弾丸……いや、光線か?……本来なら街を吹き飛ばすほどの破壊エネルギーをただ一点を『貫く』ことに費やしている……」 ホドはゲブラーの左胸の大穴を見つめながら言う。 「さて……」 ホドが右手を横に突き出すと、空間が捻れていき、巨大な大穴が生み出された。 「天使核だけ抜き取っても良かったが……やはり、まだ死なれては困る。もう少し……役に立ってもらわなければな……」 ホドは右手だけでゲブラーの巨体を軽々と持ち上げる。 「……貴様の命はファントム……アクセル様の物だ……許可無く死ぬことは許されない」 ホドはゲブラーを塵か何かのように、空間の大穴の中へ投げ捨てた。 ゲブラーが大穴の中に吸い込まれると、大穴は消滅し、通常の空間に戻る。 「…………」 ホドの右手の掌の上に黄色の六角形の水晶柱が出現した。 「……まあ、囮にはなった……本来の役目を果たせただけでも誉めてやるべきか……」 「なるほど、やはり、それが狙いですか」 突然、空から飛来した藍色の光を、ホドは辛うじて横に跳びかわす。 それは藍色の鳥……藍色の鴉だった。 鴉は、ホドより遥か上空に浮遊している揺り椅子に座っている魔法使いの肩の上へと飛び戻る。 「……てっきり、私と入れ違いにあそこへ向かったかと思ったが……私を誘き出すために消えたフリをしていたわけか……?」 藍色の魔法使いを乗せた揺り椅子はゆっくりと地上に降りてきた。 「侵略者を排除してから向かっても間に合わないのは解っていましたので……いっそ侵略者を無視しようかとも思いましたが……いくら優先順位が二番目とはいえ、侵攻を、国が滅ぶのを止めるのもまたクリアの使命……完全に無視もできませんので……」 「……管理者……偽善者も大変だな? 人手でが足りないか?」 「ええ、あなた方に匹敵する存在を七×二……十四人も用意しろというのは無理というものです……かなりギリギリで確実性のない無理だらけの策を行使せねばならず……とても不本意です」 「ふん……我らの真の目的を事前に見抜き、不完全ながらも対応できただけでもたいしたものだ……」 「お褒めいただき光栄です……パリエース!」 突然、ホドの背後から藍色の狼のような大型犬が遅いかかかる。 「くっ!」 ホドは自らの左手を犬の口の中へと突っ込んだ。 藍色の犬が空間ごと『螺旋(ねじ)れ』ていく。 「物資だろうと、空間だろうと、触れたモノを全てねじ切る……興味深い技ですね」 犬が空間ごと弾けるようにねじ切られてもエランは冷静だった。 犬の残骸……いや、残影とでも言うべき藍色の靄(もや)が宙を舞い、エランの傍へと戻っていく。 藍色の靄は、一点で集結し、何かを形成していく……一分と待たず藍色の犬がその場に完全再生されていた。 「……ほう」 ホドが感心したような声を上げる。 「この子達は核であり憑代(よりしろ)である物こそ存在しますが……生物どころか最早物質ですら無くなっている……いわば、私の『空想上の生物』……私の魔力……生命力さえ途切れなければ未来永劫不変の存在です」 「……なるほど、ただの魔力の塊、それゆえに何度でも簡単に再構築できるわけか……ある意味究極の不死の存在だな……」 「魔法とはイメージの力、つまり、己の空想世界をいかに現実世界に近づけるか、望みを現実にするか、それが全ての恐ろしくシンプルな力です」 エランはゆっくりと右手の人差し指をホドに向けた。 「そこに炎がある。お前を灼き尽くす荒ぶる炎が……」 エランの言葉と共に、ホドの左手が突然燃え出す。 「これは言霊(ことだま)、言葉にすることでイメージを明確化する、魔法の初歩です。魔法は魔術と違い、契約も呪文もいらない。必要なのはイメージを明確化できる想像力、世界に干渉できるほどの強い意志力、揺るがぬ想い、尽きぬ魔力……」 「なるほどな、想ったことを全て現実にできる力……それが魔法か」 ホドは右手の手刀で、炎が胴体にまで燃え広がる前に左腕を肩から切り落とした。 「構築する想像力、源となる魔力、強さたる想い……強過ぎる想いと空想力を生まれつき持つ者……それが魔法使いです。スクロペトゥム!」 エランの背後に、彼女を一呑みできるほど巨大な藍色の大蛇が出現する。 「イグニス(撃て)!」 大蛇の口から放たれた超高出力の藍色の光がホドを撃ち抜いた。 藍色の破壊光は、ホドの八割以上を跡形も消し飛ばしていた。 宙に漂う黒い布きれ。 いや、頭部と右腕だけになったホド・ニルカーラ・ラファエル。 「なるほど……素晴らしい力だ……」 ホドはそんな姿になっても何の問題もないかのように生きていた。 ホドの右掌が黄色の水晶柱を握り締める。 「目的はすでに果たしている……もう此処に留まる理由もない……では、機会があればいずれまた会おう、若き魔法使いよ」 ホドの姿は背後に生まれた空間の捻れ、大穴に吸い込まれるように消えていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |